新聞記者、辞めました。

新聞記者、辞めました。

新聞記者、辞めました。でもなんやかんや新聞やメディアが好き。社会のいろんなこと考えていたいゆとりの戯れ言。

デスクに「俺は上司に人格否定されて育てられたんだ」と言われた話<#2>

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新聞社に入社して2週間。

新人研修を終えて、社会部の警察担当に配属になった。

やっと記者としての一歩を歩み始めるのかと思いきや、ペーパードライバーだった私は、数日間運転の練習を命ぜられる。

 

そのとき、隣の助手席に座って運転練習に付き添ってくれたデスク(40代・男)のぼやきは、私に新聞社の旧態依然とした文化がいまだ根付いていることを強く知らしめた。

 

昼下がりのドライブ。

って言えば聞こえはいいけれど、一応勤務中。隣に上司を乗せて、そもそも運転に慣れていないのに、土地勘のない道を走る、という三重苦の緊張感でハンドルを握る手は汗でびちょびちょ。肩や背中はバキバキだった。

 

やや郊外にある、私が担当することになる所轄署までの行き方を確認しながら向かい、その帰り道だった。

 

なんとか中心街まで帰ってきて、会社や県警ももうすぐ近くにある。

単純な十字路ではない、初見殺しの複雑な交差点の信号機の赤信号にかかり、そっとブレーキを踏みしめた。

あれは市内随一の大きな書店なんだ、と交差点の奥を指差されたが、緑っぽい看板を視認するのが精いっぱいで、無数の窓ガラスで覆われたそのビルが、本当に書店だったと知るのはしばらくあとのことである。

 

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「俺が獅子ぐらいのとき、今の次長の▲▲さんがデスクだった。

 

人格否定をされるようなことも言われたし、俺はそうやって育った。

それでもがむしゃらに、認められたくて、ネタを取っても誰にも言わずに勝手な行動してそれでまた怒られてた。

 

社用ケータイの着信音あるだろ?

県警離れてしばらくたって、○○市の支局にいたとき、ふとこの着信音が鳴ったんだ。

誰かのケータイとたまたま同じだったんだろうな。

久しぶりに聞いたはずなのに、それだけでぶわっと冷や汗が出てきてさ。(笑)

 

▲▲さん全然怖いイメージないだろ?新人には優しくするようにしているんだろうな。

考えられないよ。優しいイメージがついているなんて。

 

時代は変わったな。いい時代に入社したな。

 

配属前、新人研修の間に出会った先輩記者がたには、「○○デスクは本当に優秀だし、優しいよ」と言われ続けてきた。

だからこのぼやきを聞いた当時、率直に「いい上司に巡り合えた」と思った。

そんなパワハラまがいのことが許されるのはもう昔。

うわさでよく聞く、「オレはこうやって育ったからお前らも同じように育てる」っていう意味わかんない正義を振りかざす暴君じゃないんだ、よかった。

 

無事本社までデスクを送り届け、その日のドライブ練習も無事終わりを告げた。

 

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いい上司と巡り合えた”。

その予想は当たっていたのか、デスクが声を張り上げて怒鳴るところを見たことはなかったし、怒鳴られたこともない。

人格否定のような怒られ方も、されなかった……と思う。私は。(同期たぶんある)

 

ただ、彼の言葉は漬物石のように重く、じわり、じわり、私の心の水分を奪っていく性質を持っていた。

たまに、その漬物石は上から落下してきて、脳震盪レベルの即効性のあるダメージを起こすこともあった。

 

この運転練習の日は、緊張やら焦りやらで、車内でした会話なんてほぼ覚えていないのに、

このときのやり取りだけは、4年たった今でも鮮明に覚えている。

なぜなのか。

 

その後まもなく訪れる、人生のどん底の、壮大な前フリになっていたからだ。

 

―時代は変わった?

―いい時代に入社した?

 

本当に?

 

漬物石で押しに押され、3カ月も経たずして、見事、感情という感情がすべて抜けきった、何のうまみも残っていない、野菜ガラのような漬物もどきができましたとさ。おしまい。

 

ふと、映画『JOKER』を思い出した。

 

I used to think that my life was a tragedy, but now I realize, it's a comedy.

(俺の人生は悲劇だと思っていた、だが気づいた、これはコメディだ)

 

主人公・アーサーのセリフで、作品の重要なキーセンテンスでもある。

 

これは、喜劇王チャップリン

Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.

(人生は近くで見れば悲劇だが、長い目で見れば喜劇だ。

 

という名言へのオマージュとも言われている。

 

そんな、チャップリンやアーサーやの言葉を、薄っぺらな私が語るのは恐れ多いことだが。

きっと、大学生の私だったらこの彼らの言葉の意味はよくわからなかったと思う。

『JOKER』も深く楽しめなかっただろう。

 

野菜ガラになった私は、「会社を辞めるか、人生を辞めるか」の決断まで行きかける。

でも今は、こうやって、おいしい手作りスムージーを飲みながら、あの頃を振り返られている。

 

悲劇を味わっておくのは悪くない。

 

と、いう意味で、デスクには感謝している。心から。

 

 

〈続く〉